スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

誇りとは

まさかの連続更新。
ちょっとこちらの内容は堅苦しいというか精神論的なものなので分けて書きますね。

さて、極めて曖昧な質問ですが誇りとは何でしょうか。
他者に自慢出来る自分の優れた所?
それとも素晴らしき名誉?
ただの自己満足?
私は答えはどれでもあり、どれでもない気がします。
例えばテストで算数も社会も理科も駄目だけど、国語だけは学年一位を取れる子供。
その子は一位を取れる事を誇らしげに自慢するでしょう。
例えば列車のホームに転落した人を間一髪救った青年。
社会からは「自分の危険を顧みずに他人を救った英雄」として称えられ、本人もその事を誇りに思うでしょう。
例えば誰からも認められない研究を続けていて、ある日世界で初めての実験に成功した科学者。
例えその実験が世間からは「意味のない無駄な実験」と評されても、彼は世界で初めて成功した事に満足し誇りに思うでしょう。
つまり誇りとは他者から認められるか認められないかではなく、自分の行動に対して自信、あるいは責任を持って自己評価出来るかどうかだと私は思います。
だから他者から「お前はそんな行動をするなんて、誇りが無いのか」と言われても自分の行動に対して誇りを持てる人は「私はこの行動を間違っていたとは思いません」「こういう目的があってこういう風に行動しました」と言えますし、持てない人は「そんな事言われましても」と言う、あるいは黙り込んでやり過ごそうとします。
また自分の失敗に対して前者は「私の責任です」と言い、後者は「命令されたのでそうしました、私の責任ではありません」と答えるでしょう。
私は最近世間では後者が多い気がします。(と言っても私自身が『世間』に出てまだ短いのですが)
自分の行動に対して責任を持たず、何かあれば直ぐに他人の所為。
大きい所で言えば政治なんかもそうですね。
民主主義の名の下に選挙を行って国の代表を選んだのに、少し失敗をしたら「あいつは無責任だ」「代表として相応しくない」「何であいつを代表にしたんだ」といってマスコミが叩き国民がそれに便乗する。
(勿論選挙で別の政治家に投票した人はそう主張して当然ですが、それは別として)
小さな所で言えば会社の不祥事等ですかね。
不祥事を起こした人は直ぐに「上司に命令されました」「知りませんでした」「どういう結果を引き起こすか考えていませんでした」などといい責任逃れをする。
少しでいいから自身の行動を省みれば、少しでいいからどうなるのかを考えればいいだけなのに、それすら出来ない人が大勢いるという事は非常に情けない事です。
こんな偉そうな文章を書いていますが、私自身も勿論ミスは犯しますしその責任から逃れたいと思う時はいくらでもあります。
実際去年は何も考えず失敗ばかりして、責任を自分で取れずに周りの人に迷惑をたくさんかけてきました。
ですが少し考えるようになっただけでミスは減少し、周りの人も変わったと認めてくれる様になりました。
ほんの少しでいいから皆が自分の行動に対して誇り=自信や責任を持てるようになれば世界は変わると思います。
ですが、そのほんの少しが難しいのですがね。



長々とこんな文章書いていたら頭痛くなってきました。
尻切れトンボな感じですが今日はこれでおしまいです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。